東京地方裁判所 昭和36年(ワ)3298号 判決 1962年12月06日
原告 中本商事株式会社
右代表者代表取締役 中本薫男
外六名
右七名訴訟代理人弁護士 芦苅直已
石川悌二
阿部昭吾
久保恭孝
被告 (一) 塚本三郎
外三名
右四名訴訟代理人弁護士 黒田敬之
同 井口芳蔵
主文
一、原告らの請求を棄却する。
二、原告らは訴訟費用を支払え。
事実
一、請求の趣旨
1、被告らは、連帯して、左記上段の各原告に対して、同下段の各金員及びこれに対する昭和三六年五月一二日から各支払済に至るまで年五分の割合による各金員を支払え。
原告 (一) 金 一、七〇四、〇〇〇円
同 (二) 二、二二八、〇〇〇円
同 (三) 一〇、九五〇、〇〇〇円
同 (四) 六、一二八、〇〇〇円
同 (五) 六、一四八、〇〇〇円
同 (六) 二〇、〇〇〇円
同 (七) 二〇、〇〇〇円
2、仮執行宣言
二、請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
三、請求の原因
1、被告等は、いづれも訴外小泉製麻株式会社の取締役として、第23項記載の行為を為した。
2、同会社は、昭和三五年三月二五日、取締役会を開催したが、そこにおいて、従来大阪及び神戸両証券取引所に上場されていた同会社発行の株式について、その上場廃止を両証券取引所に請求することが取締役全員の賛成により決議された。同会社は、右決議に基いて、同年四月一二日大阪証券取引所に対し、翌一三日神戸証券取引所に対し、それぞれ右株式の上場廃止の請求をなし、両証券取引所は、右請求に基づいて同年六月一日右株式の上場を廃止した。
3、一般に、株式の上場廃止は、株式の市場性を失わせることになるため、新株式の発行を困難にし、又株式の担保価値の減少を来たし、将来の資金の調達ないし導入に障碍を与えることとなり、更に、会社の対外的信用を失墜させることになるものである。被告等はこのことを充分に認識していた。従つて、上場廃止をなすにはそれだけの必要がなければならないのである。ところで、本件株式については、何らその上場を廃止する必要がなかつた。然るに、被告等は前項記載の通り本件株式の上場を廃止したのである。そこで、被告等はこの点において取締役としての忠実義務に違反しており、商法第二六六条の三所定の、取締役が其の職務を行うに付悪意又は重大な過失があつたことになる。
なお、大阪証券取引所より訴外会社に対してなされた本件株式の上場廃止の勧告は、単に株式の上場要件の改善を要望したものにすぎず、又たとえ上場廃止そのものの勧告であるとしても何ら法的拘束力を有するものではない。
更に、被告等は、右の如き勧告を受けた以上、直ちに株主等に対してその内容を通告して協力を求める外増資その他の方法によつて上場要件の充足に努めるべきであつたのに、そのような措置を一切行わず、秘かに上場廃止を行い、その後に漸くその旨を株主に通告したにすぎない。右行為は明らかに取締役の職務執行について故意又は重大な過失があつたことになる。
4、本件株式の大阪証券取引所における価格は、上場廃止前においては、一株金五〇〇円であつた。然るに、上場廃止後は金三〇〇円に下落した。右下落は、上場廃止により本件株式が市場性を喪失したことに起因するものである。
5、原告等は、右上場廃止以前より現在に至るまで左記の通りの株式を所有している。
原告 (一) 八五、二〇〇株
同 (二) 一一一、四〇〇株
同 (三) 五四七、五〇〇株
同 (四) 三〇六、四〇〇株
同 (五) 三〇七、四〇〇株
同 (六) 一、〇〇〇株
同 (七) 一、〇〇〇株
6、原告等は、右持株数に応じて、一株当り金二〇〇円の損害を蒙つた。そこで、そのうちの一割に相当する請求の趣旨記載の各金員及び本件訴状が各被告に送達された日の後である昭和三六年五月一二日から各支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める。
四、請求の原因に対する認否
1、第1項を認める。
2、第2項を認める。
3、第3項を否認する。
即ち、本件株式の上場廃止前における市場価格は、原告中本商事株式会社等の計画的な株価釣上工作によつて異常な奔騰を続けた。大阪証券取引所は、その事態を重視し、昭和三四年三月、本件株式を取引規制措置の適用銘柄に指定し、更に事態が悪化するに及び、同年七月及び翌三五年四月、訴外会社に対して本件株式の上場廃止を勧告した。被告等は、訴外会社の取締役として、右勧告の趣旨に従い、善良な一般投資家の利益を擁護し、併せて、訴外会社の利益及び信用を維持発展させる意図の下に、本件株式の上場廃止行為をなしたのである。従つて、被告等が本件株式の上場廃止をするについては十分な必要があつたのであり、被告等には取締役としての義務を行うについて悪意又は重大な過失はない。
4、第4項を否認する。
5、第5項を認める。
6、第6項を否認する。
五、証拠≪省略≫
理由
1、請求原因第1、2項は当事者間に争いがない。
2、同第3項を認めることができない。
被告等が本件株式の上場廃止を何らの必要なくして行つたとの事実を認めるに足りる証拠はない。原告中本薫男の供述も右事実を証するに充分ではない。
かえつて、証人広戸、同尾上、同村上、被告小泉徳一の各供述及び乙第一号証別紙1、2(被告小泉徳一の供述によつてその成立を認める)の記載を綜合すると、本件株式については大阪及び神戸両証券取引所において、昭和三四年初め頃より特定業者に買い煽られて株価が暴騰したこと、そのため浮動株も少なくなり株価の変動が激しく投機売買の対象となつたこと、取引高が少いこと、株主数が少く三〇〇名前後となつたこと、大部分の株式が非常に少数の株主の手中に帰したこと、次いで右の諸事実を理由として大阪証券取引所より訴外会社に対し昭和三四年七月、一〇月、翌三五年三月と再三上場廃止申請書を提出するよう勧告がなされたこと、そして、右の諸事実及び右勧告に基づいて、一般投資家保護のために被告等が上場廃止の措置をなしたことを認めることができる。以上に認定した諸事実より考えれば、被告等が請求原因第2項の行為を行うには十分な理由と必要とがあつたものと云うべきであり、従つて、被告等の右行為は何ら取締役としての忠実義務に違反するものではなく、職務を行うについて故意又は過失があつた場合に当らない。
又、本件において、被告等が右のような勧告を受けた場合、直ちに株主等に対してその内容を通告して協力を求めたり又は増資その他の方法によつて上場要件の充足に努めなかつたとしても、別に取締役の職務執行について故意又は重大な過失があることになるとは云えないからこの点に関する原告等の主張は理由がない。
3、以上に判示した通り、請求原因第3項を認めることができないのであるから、その他の点について判断するまでもなく、原告等の請求は理由がない。
なお、訴訟費用の負担について民訴法第八九条適用。
(裁判長判事 長谷部茂吉 判事補 武藤春光 宍戸達徳)